1歳を迎えた息子は無事に保育園の入園が決まり、4月からいよいよ登園を始めることになった。
と同時に、1年3か月に及んだ私の育児休業期間にも終止符が打たれ、元々勤めていた会社で仕事復帰することになった。
久しぶりの社会生活に対して不安はあるものの、育児から離れて仕事をするという点で、私は心のどこかで少し解放感を感じてドキドキしていた。
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順応するのは息子が先か、私が先か
入園時1歳1か月だった息子は、予想通り毎朝登園時に大泣き。
元々人見知りで甘えん坊な性格なので覚悟はしていたが、保育園の駐車場に着いた瞬間から嫌で泣きわめくほどだった。
それでも毎日通っているうちに次第に泣いている時間も短くなり、息子なりに新しい環境に順応できているようだった。
私の方はというと、復帰後からは新しい業務を担当することになり、以前と違う仕事内容を一から覚えていくことに。
大人になってから新しいことを学んでいくのはなかなか大変だけど、息子も保育園で頑張っているんだ。私も負けじと頑張ろう!そう思いながらがむしゃらに働いた。
5月にやってきた保育園の洗礼
入園からひと月が経ち、息子が保育園生活にそろそろ慣れてきたかなと言う頃に、ついに発熱したらしく保育園から呼び出しの電話がかかってきた。
仕事中だった私は上司や同僚に事情を説明して早退させてもらうことに。
慌てて保育園に迎えに行くと、少しぐったりしている様子の息子。
小さな体で今までよく頑張ったね!そう言って息子を抱きしめて、そのまま小児科に連れて行った。
見てもらったところ一般的な風邪だろうということで薬を処方してもらい家で安静にすることに。
38.5度の熱がある息子は苦しいのかなかなか眠りにもつけず、ただひたすら私にベッタリとくっついてぐったりとしていた。
少しでも離れようとすると大泣きしてグズグズいうので、何をするでもなくただ息子を抱きしめ続けた。
ワンオペ育児に宿る魔物
息子の初めての発熱はなす術もなくただひたすらくっついて過ごしていたので、家事は全く出来なかった。
もちろん夫も息子のことを心配はしているものの、仕事があるのでずっとついている訳にはいかなかった。
息子が夜通し高熱で苦しんでいるときも、夫は夜勤があるので私が一晩中息子に寄り添って過ごすことになった。
初めての高熱で不安になるものの、夫はいないので、私がしっかりするしかない。そう思ってなんとか耐え凌いだ。が、翌日からは私も発熱して体調不良になってしまった。
子供を産む前なら風邪をひいたら家で大人しく寝ていたらすむものの、今は子供がいるのでそうは言ってられない。
発熱したことよりも、発熱しながらフラフラで子供の食事や身の回りの世話をすることがかなり辛かった。
不安になっている時、手が足りない時、助けて欲しい時、勤務時間の長い我が家の夫は仕事で大抵家にいない。
ワンオペ育児には魔物が宿ると思った。ワンオペというだけで、普段なら感じることのない恐怖感を感じたり、災難が降りかかることもあるのではないだろうか。
しかし一方で、「家にいるけど何もしない夫」がいると殺意が芽生えるとも世間一般では言われていたりする。
夫に殺意が芽生えてしまうよりかは、仕事が忙しくて家にいない方がマシかもしれない。
そんなこんなで初めての発熱はハラハラドキドキして、体力と精神力を一気に奪われてあっという間に私は疲弊した。
父親は仕事を休むか否か
結局息子は発熱してから4日間、保育園を休むことになった。高熱が出たのは最初の2日間ほどだったが、その後もしばらく微熱が続いた。
その間、夫は仕事を休むことはなかった。家族が心配なので休みたいという気持ちはあるものの、急な休みが取りづらいという職場の環境で、1日も休むことができなかったそうだ。
正直言って仕事の休みが取りづらいのは私も一緒なんだけど…とは言えず、結局私が全部仕事を休むことになった。
子どもが病気になったりしたときに、休むのは女性で当然なのだろうか。
子育て期間中には女性が仕事をあきらめなければいけないという現実をつきつけられた気がした。
昨今世の中では男女格差をなくそうと言われてきているものの、この辺りはまだまだ難しいのかもしれない。
上司からのプレッシャー
息子の発熱から5日目。さすがに仕事が溜まっているので出社することに。
ピークは越えたものの息子はまだ熱が下がりきっていないので保育園には預けることができず、義実家に預けることになった。
久々に会社に出社して各方面にお詫びを言って、休んでいた分を取り戻すために一心不乱に働いた。
なんとか締切の仕事をまとめることができて時計をみると定時である夕方5時。慌てて片付けをして帰ろうとしたその時。1人の上司に呼び止められた。
「残りの仕事は?このまま帰るの?今日は保育園でなくて義実家に預けてるならこのまま居残りできるんじゃないの?お義母さんに電話して、もう少し見てもらって最後まで仕事を終わらせて帰りなさい。さ、今から電話してきて!」
そう言われた私は頭が真っ白になった。
(コノヒトハナニヲイッテルノカナ?)息子はまだ体調が本調子ではなく、義実家に丸一日預けたのも今日が初めて。本当なら定時で仕事をあがり、1分1秒でも早く息子の元へ駆けつけたいと思っていた。
なのにパワハラ上司の凄みで圧をかけられ、居残りを強要されてしまった。結局義母に連絡してもう少し残業させてもらうことに。適当に目処をつけて18時半で切り上げることになった。
私が仕事を休み会社に迷惑をかけているのは事実。休んだ分はどこかでカバーしないといけないというのも重々承知している。
でも、子供の体調が悪く、慣れない義実家に預けている日にカバーしないといけない義務があるのだろうか?
息子が苦しんでいないか、義両親が困ってあたふたしていないか、考えたら心配で心配で残業中胸が締め付けられる思いだった。
私に残業を強要したこのパワハラ女性上司は既婚者ではあるものの、子供はいない。
いつかこの上司が子供を産んだ時、もしも子供の体調不良を訴えてきたら同じ事を言ってやりたいと思った。
義母が自宅にくるようになった
この頃から私は次第に仕事が残業がちになり、毎日保育園のお迎えの時間ギリギリに駆け込む日が増えていった。
そんな様子を見かねてか、時々義母がおかずを作って持ってきてくれるようになった。
ある時は、夫が休みの日、私の仕事中にキッチンで料理をしてくれていた。
私が息子を保育園から連れて帰宅すると、家に義母と夫がいる。
なんだかいたたまれない気持ちになった。
「やってくれてありがとうございます。」と口では言いつつも、正直言って我が家の冷蔵庫を開けたり食材を見られたりするのがなんとなく受け入れることができていない。
限界
5月も半ばに差し掛かったある日、1人でいる時にふと涙がポロポロ出てきた。
特別仕事が辛いわけではない。新しい業務の仕事もそれなりにこなせるようになってきた。
育児が辛い訳ではない。子供はとても可愛い。
家事はおろそかになっているけど、心配した夫が私の家事負担を減らそうと義母をこまめに呼び寄せてくれている。
優しい義母は私が少しでも楽ができるようにと、あれこれ代わりに働いてくれている。
それでもなぜか辛くて涙が止まらない。
ああそうか。全てが中途半端になってしまうこの板挟みの状況が辛いのだ。
仕事には家庭のことを持ち込んではいけない。家庭には仕事のことを持ち込んではいけない。
きっとこの意識が、自分で自分を追いつめている。
これを乗り越えることは可能なのか。
社長から言われた言葉
5月下旬、会社の社長から「復帰してそろそろ仕事には慣れた?」と珍しく声をかけられた。
本来、忙しい社長に対して自分の話をするのは少し気が引けるが、半ば自暴自棄になっていたので、勇気を出して悩んでいることを全部話してみることにした。
子供の発熱で仕事を休んで会社に迷惑をかけたことは心から申し訳なく思うが、仕事第一優先のパワハラ上司の発言にどうしても納得ができないこと。
子供の体調は回復したが、今後また熱が出た時はどうするべきなのかわからないこと。
会社に貢献したい気持ちはもちろんあるが、そのために家庭を犠牲にできないと思う自分がいること。
まとまりのない言葉でつらつらと気持ちを伝えたら、社長は「うん、うん」と頷きながら真剣な顔で話を聞いてくれた。
そして、こんな言葉が返ってきた。
「確かにパワハラ上司は間違っていると思う。子供の体調が悪いときは仕事のことは気にせずに休みなさい。」
「ただ、彼女をかばうわけではないがその発言は彼女なりに会社のためを思って言っていることだろう。また、もしかしたら彼女は子供が欲しいが不妊で悩んでいるのかもしれない。子供がいない彼女からしたら、子供が熱を出して仕事を早く切り上げたいという君の行動が自慢に思えてしまう可能性だってある。」
そう言われて社長に諭されてしまった。
実は不妊で悩んでいるのかどうか…このあたりまで考えたことはなかった。
事実はどうなのかわからないが、このパワハラ上司の前で息子の話をあれこれするのはやめようと思った。
頼りながらやっていくしかない
仕事復帰後、優しく順調にスタートした4月と打って変わって、息子の発熱や本格化する業務で激動になった5月も間もなく終わろうとしていた。
月の最終日、私は仕事がかなり遅くなるので、義母が自宅に来てくれていた。
保育園へのお迎えに行ってくれて、そのまま我が家で息子のおもりをしてくれている。
私は22時頃に仕事が終わりなんとか帰宅した。
夫は夜勤で仕事に行っている。
息子は既に寝室でぐっすり眠っていて、義母だけがソファで座っていた。
義母は私を「遅くまでお仕事お疲れ様!」と笑顔で迎えてくれ、たくさん作ってくれた晩御飯を温めなおしてくれた。
お迎えから息子が寝るまでの様子を一通り報告してくれて、「後は1人の方がゆっくりご飯を食べられるよね。」と言って帰り支度を始めた義母。
義母は仕事でかなり遅くなってしまった私に対して小言の1つも言わずに、最後の最後まで私を気遣ってくれながら帰っていった。
義母を見送った後、用意された温かい食事を一口含んだ瞬間に、なんだかほっとして肩の力が抜けた。
食事が美味しくて仕事の疲れを癒してくれると同時に、涙が溢れて止まらなくなった。
夫、両親、職場の同僚、先輩、後輩、上司、社長、この1か月、色んな人に助けてもらいながらなんとか乗り越えることができた。
自分でなんとかしたいという葛藤もあるが、周りに甘えながらやっていかないと私にはこなせないということがよく分かった。
そして…お疲れ様、自分。
こうしてまた悩み、助けられ、次の1か月が繰り返されていくのだろう。